労務費の価格転嫁指針をSESの単価交渉で使う方法|12の行動・公的データ・単価改定条項の例

公開日:2026年9月30日更新日:2026年9月30日

労務費の価格転嫁指針とは?

労務費の価格転嫁指針とは、人件費の上昇分を取引価格に反映させるための行動をまとめた国の指針のことです。発注する会社と受注する会社の両方が対象です。正式名称は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」です。

労務費とは、仕事をする人に払う給料などの人件費のことです。価格転嫁とは、コストが上がった分を、売り値に上乗せすることです。

項目内容
作った機関内閣官房・公正取引委員会
公表日2023年11月29日
改正2025年12月26日に公表(取適法に合わせた見直し。2026年1月1日から適用)
中身発注者6・受注者4・共通2の「12の行動」

指針ができた理由

指針ができた理由は、労務費だけが取引価格に反映されにくかったためです。公正取引委員会の調査では、転嫁できた割合(中央値)は原材料費が80.0%、エネルギーコストが50.0%でした。これに対し、労務費は30.0%にとどまりました。

指針に沿わないとどうなるか

公正取引委員会は、12の行動に沿わない行為に厳しく対処するとしています。公正な競争をさまたげるおそれがあれば、独占禁止法や取適法を使います。反対に、12の行動に沿っていれば、両法の問題は通常生じないと説明しています。

SESの単価交渉に労務費の転嫁指針が使える理由

SESの単価交渉に指針が使える理由は、SESの単価の大部分がエンジニアの人件費だからです。さらに指針は、労務費の割合が高い業種の一つに情報サービス業を挙げています。

指針が特に取り上げた6つの業種は、次のとおりです。

  1. ビルメンテナンス業・警備業

  2. 情報サービス業

  3. 技術サービス業

  4. 映像・音声・文字情報制作業

  5. 不動産取引業

  6. 道路貨物運送業

SESは、材料費がほとんどかからない仕事です。エンジニアの給料が上がれば、その分を単価に反映しないと、会社の粗利がそのまま減ります。粗利への影響は、SESの粗利率の平均は?利益率の計算式と計算例・上げる方法5つで確認できます。

発注者に求められる6つの行動(SES向けの要約)

発注者に求められる6つの行動の中心は、「頼まれなくても協議の場を設け、公表資料を根拠として受け入れること」です。SESでいう発注者は、客先・元請け・SIerです。自社がBPに仕事を出すときは、自社も発注者になります。

#指針の行動SESの場面でいうと
1経営トップが転嫁を受け入れる方針を決め、書面で示す取引方針に「単価の見直しに応じる」と書く
2頼まれなくても、年1回・半年1回など定期的に協議の場を設ける契約更新の前に、発注側から単価の話を出す
3根拠は最低賃金や春季労使交渉の妥結額などの公表資料で足りるとし、尊重するSES企業に給与明細や原価の詳細を求めない
4取引先のさらに先の労務費も考えるBPのエンジニアの賃上げも考えて決める
5労務費の上昇を理由に頼まれたら、協議のテーブルにつく。要請を理由に不利益な扱いをしない申入れを理由に、次の更新を止めない
6申入れがうまくなくても協議し、必要なら考え方を提案する資料が少なくても話を聞き、計算の仕方を示す

特に大切なのは、2と3です。「受注側から言われないから据え置く」「細かい原価を出さないと認めない」は、指針に沿わない対応になります。

受注者に求められる4つの行動(SES向けの要約)

受注者に求められる4つの行動は、「情報を集め、公表資料を使い、協議しやすい時期に、自分から希望額を出すこと」です。SESでいう受注者は、客先・元請けから仕事を受ける自社です。

#指針の行動SESの場面でいうと
1国・自治体・中小企業の支援機関に相談し、情報を集める商工会議所や公的な相談窓口で進め方を聞く
2根拠には、最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を使う自社の原価を全部見せなくてよい
3定期的な価格交渉の時期など、協議しやすい時期に行う契約更新の前や、価格交渉促進月間に申し入れる
4発注者の提示を待たず、自分から希望額を出す。発注先の労務費も考えるBPのエンジニア分も含めて希望単価を出す

交渉のタイミングの決め方は、SESの単価交渉のタイミング|更新の何か月前か・例文と資料5点でくわしく解説しています。この記事では、指針の中身と契約条項に絞ります。

発注者・受注者に共通の2つの行動

共通の行動は、「日ごろから話すこと」と「価格交渉の記録を作り、双方で保管すること」の2つです。記録は、担当者が異動したときの引継ぎにも役立ちます。記録は、日時・出席者・相手の回答と理由の4点を、その日のうちにメールで相手にも送ると残ります。

交渉資料に使える公的データ

交渉資料には、指針が例に挙げる「最低賃金の上昇率」と「春季労使交渉の妥結額」を使うのが基本です。公表資料なので、発注者も根拠として受け入れやすくなります。

資料出しているところ使い方
地域別最低賃金厚生労働省上昇率を「人件費の上がり方」の目安にする
春季賃上げの妥結状況厚生労働省(民間主要企業の集計)世の中の賃上げ率として示す
賃金構造基本統計調査厚生労働省職種・年齢ごとの賃金水準を示す
毎月勤労統計調査厚生労働省毎月の賃金の動きを示す
自社の賃上げの実績自社「実際にいくら上げたか」を示す(出せる範囲で)

2026年度の最低賃金(2026年9月30日確認)

厚生労働省の「令和8年度 地域別最低賃金 答申状況」の数字です。発効日(新しい金額が使われ始める日)は都道府県ごとに異なり、下の表の東京都・神奈川県・大阪府・愛知県は2026年10月1日(予定)です。

地域2026年度2025年度上昇率
全国加重平均1,177円1,121円5.0%
東京都1,280円1,226円4.4%
神奈川県1,279円1,225円4.4%
大阪府1,231円1,177円4.6%
愛知県1,195円1,140円4.8%

エンジニアの給料は最低賃金より高いことがほとんどです。それでも指針は、最低賃金の上昇率を「世の中の人件費の上がり方」を示す根拠として認めています。IT人材の料金が何年でどれだけ上がったかは、IT人材の単価推移|5年で約9%上昇、SES営業の交渉での使い方で公的データを整理しています。

価格交渉の申込み様式を使う

公正取引委員会は、指針の別紙として「価格交渉の申込み様式」の例を公開しています。受注側が発注側に協議を申し込むときの書式です。自社で書式を作る手間を省けます。

様式を使わずにメールで申し入れる場合の例文です。

例文・テンプレート
件名:【ご相談】2027年1月以降の委託料の協議のお願い

株式会社〇〇 〇〇様

いつもお世話になっております。株式会社△△の□□です。
弊社では2026年10月にエンジニアの賃金を平均4.0%引き上げました。
つきましては、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に沿い、
2027年1月以降の委託料について協議の場をいただけますでしょうか。

根拠として、次の公表資料を添付いたします。
・令和8年度 地域別最低賃金(全国加重平均 1,177円、前年度比5.0%増)
・令和8年 民間主要企業春季賃上げ(賃上げ率5.18%)

11月20日(金)までに、30分ほどお時間をいただけますと幸いです。

単価改定額の計算例

単価改定額は、「月額単価のうち労務費にあたる部分 × 人件費の上昇率」で出すと説明しやすくなります。次は計算の一例です。

前提(例)

  • 月額単価:600,000円

  • そのうちエンジニアの給料・社会保険料などの労務費:420,000円(単価の70%)

  • 人件費の上昇率:5.0%(2026年度の最低賃金の全国加重平均の上昇率を使う場合)

計算

  1. 労務費の増加分:420,000円 × 5.0% = 21,000円

  2. 改定後の単価:600,000円 + 21,000円 = 621,000円

自社で実際に行った賃上げ率が使える場合は、その数字を使ったほうが説得力が増します。たとえば賃上げ率が4.0%なら、増加分は16,800円です。

BPのエンジニアを出している場合は、BPへの支払いも同じ考え方で見直します。指針は、受注者が発注先の労務費も考えて希望額を出すよう求めています。

基本契約に入れる単価改定条項の例

単価改定条項とは、契約期間中や更新時に、単価を見直す手順をあらかじめ決めておく契約書の決まりのことです。基本契約に入れておけば、毎年「単価の話を切り出しにくい」という悩みが減ります。

例文・テンプレート
第〇条(委託料の改定)
1. 甲及び乙は、毎年1回以上、個別契約の委託料の額について協議の機会を設けるものとする。
2. 乙は、労務費その他の費用の変動が生じたときは、甲に対し、委託料の額の改定について協議を求めることができる。
3. 前項の協議において、乙は、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額その他の公表資料を根拠として示すことができ、甲はこれを合理的な根拠として尊重するものとする。
4. 甲は、第2項の協議の求めがあったときは、速やかに協議に応じ、改定に応じない場合又は一部のみ応じる場合はその理由を説明するものとする。
5. 甲及び乙は、協議の日時、出席者及び内容の記録を作成し、それぞれ保管するものとする。
6. 改定後の委託料は、甲乙が合意した日以降に開始する個別契約から適用する。合意に至るまでの間は、現行の委託料を適用する。
7. 甲は、乙が本条に基づき協議を求めたことを理由として、取引の数量を減らし、又は取引を停止するなど、乙に不利益な取扱いをしてはならない。

※ 甲は発注者(客先・元請け)、乙は受注者(自社)です。

条項のポイント

項ねらい指針・法律との関係
1年1回の協議を決まりにする発注者の行動2(定期的な協議の場)
2・4協議を求められる権利と、応じる手順を決める発注者の行動5、取適法第5条第2項第4号
3公表資料で足りることを決める発注者の行動3、受注者の行動2
5記録を残す共通の行動2
6・7適用時期と、不利益な扱いの禁止を決める発注者の行動5

条項を入れるときの注意点

  • 金額は条項に書かない:条項は手順だけを決め、金額は毎回の個別契約で決めます。

  • 合意前に参画が始まる場合に備える:単価が決まらないまま稼働するときの扱いは、単価未定のまま参画するときの仮単価|SESの取適法上の扱いで確認します。

  • BPとの基本契約にも同じ条項を入れる:自社が発注者の立場でも、同じルールで協議します。

  • 精算幅や支払条件とあわせて見直す:単価だけ上げても、精算幅が狭まると実質の値下げになることがあります。

  • ひな形として押し付けない:相手のひな形を使う場合は、覚書で追加を提案します。

基本契約書全体のひな形は、SESの基本契約書とは|テンプレートと個別契約の優先・印紙7号にあります。条項の最終的な文言は、弁護士に確認してから使ってください。

労務費の転嫁指針を使った単価交渉の進め方

指針を使った単価交渉は、「材料をそろえる→申し入れる→協議する→記録する→契約に反映する」の5つの手順で進めます。

  1. 対象のエンジニアと単価を一覧にする:客先ごとに、今の単価・更新日・給料の上がり方を並べます。

  2. 公的データと計算例で希望額を決める:最低賃金の上昇率や自社の賃上げ率から、改定額を計算します。

  3. 指針に触れながら協議を申し入れる:「労務費の転嫁指針に沿って、協議の場をお願いしたい」と書面で伝えます。

  4. 協議の記録を作り、相手にも送る:日時・出席者・回答と理由を残します。

  5. 合意した単価を個別契約・注文書に反映する:いつの契約から新しい単価になるかをはっきりさせます。

価格交渉促進月間を合図にする

中小企業庁は、毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」としています。価格交渉促進月間とは、発注側と受注側の価格交渉を国が後押しする期間のことです。2021年9月から続いています。

月間のあとには、受注側の会社へのアンケート(フォローアップ調査)が行われます。2026年3月の月間の結果は、2026年6月26日に公表されました。発注企業ごとの評価リストも、2026年8月4日に更新されています。IT業界でも「この時期は単価の話をする」と決めておくと、切り出しやすくなります。

客先に断られたときの考え方

客先に断られたときは、まず「協議に応じてもらえたか」「理由の説明があったか」を確かめます。協議したうえで断られた場合と、話も聞いてもらえなかった場合では、次の打ち手が変わります。

状況次の打ち手
協議はしたが、希望額が通らなかった一部の上乗せや、次の更新時の再協議を提案する
理由の説明がなく、据え置かれた理由の説明を求め、やりとりを記録する
協議の求めを無視された取適法の対象なら、公的な窓口に相談する
値下げを求められた減額の対応手順に沿って、根拠を示して交渉する

協議の求めを無視されたときの対応は、取適法で単価交渉の協議拒否は違反?一方的な代金決定のNG例と対処法で解説しています。値下げを求められた場合は、SESの単価を下げたいと言われたら?減額交渉の対応6ステップを読んでください。

チョータツで「市場の単価」を交渉の根拠に加える

労務費の転嫁指針は、公表資料での説明を認めています。そこに「同じスキルの人が市場でいくらで動いているか」を加えると、単価の話がさらに通りやすくなります。自分で集めるなら、BPから届く案件メール・人材メールの単価をExcelに書き写して比べます。

チョータツを使うと、この集める作業を楽にできます。

場面自分でやる場合チョータツを使う場合
市場の単価を集める届いたメールをExcelに転記他社と連携すると、他社の営業中案件・営業中人材がデータベースになる
自社の案件・人材を整理するファイルがばらばら案件・人材の情報を管理・共有できる。AIが入力を手伝う
自社の情報を届けるBCCで一斉送信パートナーへのメール配信機能で届ける

チョータツは3,000社以上が利用している、SES営業のための案件・人材の管理・共有ツールです。無料で始められます。

こんな会社に向いています

  • エンジニアの賃上げをしたのに、単価に反映できていない

  • 単価交渉のたびに、根拠の資料を一から集めている

  • 営業ごとに相場の感覚がちがい、会社として説明できない

相場の調べ方そのものは、SESの単価相場|職種別の月額目安と公的データの使い方で解説しています。

よくある質問

Q. 労務費の転嫁指針に法的な強制力はありますか?
指針そのものは法律ではありません。ただし公正取引委員会は、指針に沿わない行為に厳しく対処するとしています。公正な競争をさまたげるおそれがあれば、独占禁止法や取適法を使います。
Q. 単価交渉の根拠資料として、自社の原価を全部見せる必要がありますか?
必要はありません。指針は、最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を根拠として尊重するよう、発注者に求めています。
Q. SESの契約書に、人件費上昇による単価改定の条項は入れられますか?
入れられます。「年1回の協議」「公表資料を根拠にできる」「協議の記録を残す」などを基本契約に入れる方法があります。金額は毎回の個別契約で決めます。
Q. 価格交渉促進月間はいつですか?IT業界も対象ですか?
毎年3月と9月です。業種の限定はなく、IT業界の取引でも単価の見直しを切り出すきっかけに使えます。
Q. BPから指針を根拠に単価アップを求められたら?
自社が発注者の立場になります。協議のテーブルにつき、応じられない場合は理由を説明しましょう。協議の記録も残します。

まとめ

  • 労務費の転嫁指針は、人件費の上昇分を取引価格に反映させるための12の行動をまとめた国の指針

  • 情報サービス業は、労務費の割合が高い業種として指針で名指しされている

  • 発注者は、頼まれなくても定期的に協議の場を設け、公表資料を根拠として尊重することが求められる

  • 受注者は、最低賃金の上昇率などの公表資料を使い、自分から希望額を出す

  • 改定額は「労務費部分 × 上昇率」で計算すると説明しやすい

  • 基本契約に、年1回の協議・公表資料の尊重・記録の保管を定める単価改定条項を入れておく

本記事は一般的な情報の提供を目的としており、個別の法的助言ではありません。具体的な判断は弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。

運営:チョータツSES研究所(株式会社DrivenX)|編集方針|公開日:2026年9月30日|更新日:2026年9月30日

参考資料(2026年9月30日確認)