SESの善管注意義務はどこまで?民法644条の意味と責任範囲|バグ・情報漏えいなど具体例10の判定表
公開日:2026年9月30日更新日:2026年9月30日
善管注意義務とは?民法644条の条文と意味
善管注意義務とは、「善良な管理者の注意」をもって仕事をする義務のことです。SES契約は準委任契約なので、民法644条がそのまま当てはまります。
条文は次のとおりです。
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。(民法644条)
言葉を1つずつ言いかえると、次のようになります。
| 条文の言葉 | 意味 | SESでいうと |
|---|---|---|
| 受任者 | 仕事を任された人 | SES企業(エンジニアが実際に作業) |
| 委任の本旨 | 契約の目的と内容 | 契約書に書いた業務内容・スキル条件 |
| 善良な管理者の注意 | その立場の専門家に普通に期待される注意 | そのスキルのエンジニアなら当然する確認や手順 |
| 委任事務を処理する | 任された仕事をする | 開発・テスト・運用などの作業 |
準委任契約は民法656条で、委任の規定を「法律行為でない事務の委託」に準用すると定められています。そのため、SESのような作業を任せる契約にも644条が使われます。
善管注意義務と比べられるのが、「自己の財産に対するのと同一の注意」です。これは自分の物を扱うくらいの注意のことで、報酬をもらわずに物を預かる人などに使われます(民法659条)。善管注意義務は、それより一段高い注意です。
SESの善管注意義務はどこまで?範囲は「やり方」で決まる
SESの善管注意義務の範囲は、作業のやり方に手落ちがないかで決まります。結果として完成しなかった、バグが残ったというだけでは、原則として義務違反になりません。
どこまでの注意が必要かは、次の3つで決まります。
契約書の業務内容:何の作業を任されたか。範囲外の作業には義務がおよびにくいです。
約束したスキルや役割:「Javaで5年の開発経験」「PMO」など、契約の前提になった能力です。
その業界で普通の手順:コードレビュー、テスト、手順書どおりの本番作業など、同じ立場の専門家なら当然することです。
この3つを基準に「普通ならするはずの確認をしたか」「手順を守ったか」「問題を報告したか」が見られます。専門家の注意と聞くと重く感じますが、完璧な結果を約束する義務ではない点がポイントです。
なお、民法645条では、委任者の求めがあればいつでも作業の状況を報告する義務も定めています。報告を怠ることは、善管注意義務とあわせて問題になりやすい行為です。
請負の完成義務との違いを表で比べる
準委任の善管注意義務と、請負の完成義務の違いは、責任の中心が「やり方」か「結果」かです。SESは準委任なので、結果の責任ではなく、やり方の責任を負います。
| 比べる点 | 準委任(SES) | 請負(受託開発など) |
|---|---|---|
| 主な義務 | 善管注意義務(民法644条) | 仕事の完成義務(民法632条) |
| 完成しなかったとき | 手落ちがなければ、した分の報酬を請求できる(民法648条) | 原則として請求できない(分けられる成果は割合に応じて請求可・民法634条) |
| 不具合があったとき | 手落ちがあれば債務不履行 | 契約不適合責任(直す・減額・賠償など) |
| 責任の見られ方 | 注意を尽くしたか | 約束どおりの物か |
債務不履行とは、契約で約束したことをきちんと果たさないことです。善管注意義務に違反すると債務不履行になり、民法415条にもとづいて損害賠償を求められることがあります。
準委任と請負の見分け方は、準委任契約と請負契約の違い|業務委託契約書を見分ける判定シートで詳しく解説しています。
義務違反になるか?SESの具体例10の判定表
10の場面を、義務違反になりやすいかどうかで判定しました。判定は一般的な考え方の目安で、実際は契約内容と事実関係で変わります。
| # | 場面 | 判定の目安 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 1 | 通常どおりテストしたが、本番でバグが見つかった | なりにくい | 手順を守っていれば、バグの発生だけでは手落ちとは言えない |
| 2 | テストを省いて本番に出し、重大なバグが出た | なりやすい | 同じ立場の専門家なら当然するテストをしていない |
| 3 | 提案時のスキルが実際より高く、作業がこなせない | なりやすい | 約束したスキルが注意の基準になり、その水準を満たせない |
| 4 | 難しい新技術で遅れたが、早めに報告し相談していた | なりにくい | 注意を尽くし、状況も伝えている |
| 5 | 作業の遅れを隠し、期限直前まで報告しなかった | なりやすい | 報告を怠ると、客先が手を打つ機会を失う |
| 6 | 客先の顧客データを私物のUSBで持ち出し、紛失した | なりやすい | 情報の扱いのルールを破っている |
| 7 | 客先のルールどおりに使っていた貸与PCがウイルスに感染した | なりにくい | 決められた対策を守っていれば、手落ちとは言いにくい |
| 8 | 客先が決めた仕様の誤りで、システムが正しく動かない | なりにくい | 原因が客先側にある。ただし誤りに気づいたら伝えるべき |
| 9 | 客先の了承なく、別のエンジニアや他社に作業させた | なりやすい | 了承のない再委託は民法644条の2に反するおそれ |
| 10 | 手順書を確認せず本番環境でコマンドを打ち、データを消した | なりやすい | 本番作業で当然の確認をしていない |
10の場面を並べると、「結果が悪かった」だけでは義務違反になりにくいことがわかります。反対に、手順・報告・ルールを破ると義務違反になりやすい傾向があります。
例8のように原因が客先側にあっても、油断はできません。エンジニアが誤りに気づきながら黙っていれば、注意が足りないと言われることがあります。「気づいたら伝える」は、現場に必ず伝えておきましょう。
例7のような貸与PCの事故でも、紛失したときは最初の報告が遅れると注意不足と見られます。初動はSESで客先の貸与PCを紛失したら|最初の1時間の報告と費用負担で解説しています。
例6の情報漏えいは、損害が大きくなりやすい場面です。顧客の個人データを扱う客先は、個人情報保護法で安全管理の措置(23条)と委託先の監督(25条)を求められます。そのため、SES企業にも同じ水準でルールを守ることが求められます。事故が起きたときの流れはSESの情報漏洩の責任は誰に?損害賠償の範囲と事故報告の流れで解説しています。
営業がスキルを盛ると責任が重くなる理由
提案でスキルを盛ると、盛ったスキルが「約束した能力」として注意の基準になるため、責任が重くなります。善管注意義務は「委任の本旨に従い」とあるとおり、契約の内容を前提に判断されるからです。
たとえば「Java経験5年・設計から担当可能」と提案したのに、実際は経験1年だったとします。客先は5年経験者に普通に期待する水準で作業を任せます。その水準に届かず問題が起きれば、「約束した能力で注意を尽くしていない」と言われやすくなります。
スキルを盛ると、次の3つのリスクが同時に生まれます。
義務違反と判断されやすくなる:基準が上がるので、普通のミスでも手落ちと見られやすくなります。
契約を解除されやすくなる:準委任は各当事者がいつでも解除できます(民法651条)。信頼を失えば、すぐに終了を告げられます。
経歴の虚偽として別の問題になる:スキルシートの内容が事実と違えば、善管注意義務とは別に責任を問われるおそれがあります。
スキルシートは「できること」と「経験したこと」を分けて書き、経験年数やかかわった工程を事実どおりにしましょう。書き方はSESスキルシートのフォーマットと書き方|15項目の記入例付きで紹介しています。上位の会社から「経歴を盛って」と頼まれたときの断り方はSESで経歴を盛る指示の断り方|例文と営業が負う法的リスクにまとめています。
提案前に営業がやる予防チェック7項目
善管注意義務のトラブルは、提案と契約の段階でほとんど防げます。提案前と契約前に、次の7項目を確認しましょう。
スキルシートの経験年数・担当工程が、本人への聞き取りと一致している
「経験あり」と「実務で主担当」を区別して書いている
案件の必須スキルのうち、満たしていない項目を客先に伝えている
個別契約書に、業務の範囲(何をして、何をしないか)が書かれている
契約書が準委任の形になっていて、完成義務の条文が入っていない
損害賠償の上限(例:直近の委託料○か月分)を決めている
作業の報告の方法と頻度(週報・月報など)を決めている
損害賠償の上限条項とは、義務違反があっても賠償する金額に上限を設ける条項のことです。民法には上限の決まりがないため、契約で決めておかないと賠償額が大きくなるおそれがあります。条文の書き方はSESの損害賠償の上限条項|準委任の責任限定の書き方と有効性で紹介しています。
満たしていないスキルを伝えるときは、次のように書くと角が立ちません。
件名:【ご提案】10月13日(火)面談候補のエンジニアについて
○○株式会社 ○○様
いつもお世話になっております。株式会社△△の□□です。
ご依頼の案件に、Java経験3年のエンジニアをご提案いたします。
必須要件のうち「AWSの設計経験」は未経験で、構築作業の経験が1年ございます。
設計は既存メンバーの方と進める前提であれば、十分にお役に立てると考えております。
面談は10月13日(火)午後でご調整いただけますと幸いです。
義務違反を指摘されたときの対応5ステップ
客先から「注意が足りない」と指摘されたら、事実を確認してから話し合うのが基本です。すぐに賠償を約束してはいけません。次の5つの手順で進めます。
事実を集める:いつ、何が起きたか、エンジニアの作業記録・チャット・週報を集めます。
契約書を確認する:業務の範囲、報告のルール、損害賠償の上限条項を読み直します。
手順どおりだったか確かめる:判定表の10の場面にあてはめ、手順・報告・ルールのどこに問題があったかを整理します。
再発防止策を出す:レビューの追加、作業手順の見直し、体制の変更などを文書で提案します。
必要なら専門家に相談する:損害賠償を求められたら、金額に合意する前に弁護士へ相談します。
スキル不足で交代や退場を求められたときの進め方は、SESのクレーム対応|スキル不足で退場を求められた時の5手順にまとめています。
チョータツで人材のスキルを正確に管理する
自分で管理する場合は、人材ごとのスキルシートをフォルダに保存し、提案のたびに最新版かを確認します。ただ、ファイルが増えると「どれが最新か」が分からなくなります。古い情報や盛った情報が、そのまま提案に使われがちです。
チョータツとは、SES営業の案件・人材の情報を管理・共有できるツールのことです。3,000社以上が使っていて、無料で始められます。
| 場面 | 自分でやる場合 | チョータツを使う場合 |
|---|---|---|
| 人材のスキルを残す | ファイルやメールに散らばる | 人材の情報としてまとめて管理できる |
| 案件の必須スキルと比べる | 案件メールと見比べる | 案件と人材の情報を並べて確認できる |
| 社内で共有する | 担当者ごとに情報が違う | チームで同じ情報を共有できる |
| 情報を入れる | 1件ずつ手で書き写す | AIが入力を手伝う |
チームで同じ人材情報を見ていれば、「前の担当者が盛って書いた」というずれを防げます。他社と連携すると、他社の営業中人材もデータベースとして見られるので、案件の必須スキルに合う人を無理なく探せます。
よくある質問
- Q. SESの善管注意義務とは何ですか?
- 専門家として普通に求められる注意を払って、任された業務を行う義務です。民法644条に定められ、準委任契約であるSESでは必ず負います。
- Q. SESの善管注意義務はどこまで負いますか?
- 作業のやり方に手落ちがないかが範囲です。完成やバグのない結果までは約束していません。ただし、テストの省略や報告の怠りは違反になりやすいです。
- Q. SESでバグを出したら損害賠償を請求されますか?
- 通常の手順でテストしていれば、バグが出ただけで賠償責任を負うことは原則としてありません。手順を守らなかった場合は、民法415条の債務不履行として請求されることがあります。
- Q. 善管注意義務を契約書でなくすことはできますか?
- 準委任である以上、善管注意義務そのものを外すのは難しいと考えましょう。かわりに、業務の範囲をはっきり書き、損害賠償の上限を決めて責任を限定するのが一般的です。
- Q. エンジニアの義務違反は、SES企業の責任になりますか?
- 客先と契約しているのはSES企業なので、エンジニアの手落ちはSES企業の債務不履行として扱われます。まず自社が客先に対応し、そのうえで社内の対応を考えます。
- Q. 請負の契約不適合責任と善管注意義務は何が違いますか?
- 契約不適合責任は、納めた物が約束と違うときに負う請負の責任です。善管注意義務は、作業のやり方について負う準委任の責任です。詳しくはSESに瑕疵担保責任はある?契約不適合責任との違いを表で解説で比べています。
まとめ
善管注意義務とは、専門家として普通に求められる注意で業務を行う義務。民法644条に定められ、SES(準委任)では必ず負う
範囲は「結果」ではなく「やり方」。バグや未完成だけでは原則として違反にならない
違反になりやすいのは、テストの省略・報告の怠り・情報ルール違反・無断の再委託など
求められる注意の高さは、契約で約束したスキルで決まる。提案でスキルを盛ると責任が重くなる
予防策は、スキルを正確に伝える・業務範囲を書く・損害賠償の上限を決める・報告ルールを決めるの4つ
指摘されたら、事実と契約書を確認してから話し合い、賠償の話が出たら専門家に相談する
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、個別の法的助言ではありません。具体的な判断は弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
運営:チョータツSES研究所(株式会社DrivenX)|編集方針|公開日:2026年9月30日|更新日:2026年9月30日
参考資料(2026年9月30日確認)
e-Gov法令検索「民法」(第415条 債務不履行による損害賠償、第416条 損害賠償の範囲、第632条 請負、第634条 注文者が受ける利益の割合に応じた報酬、第644条 受任者の注意義務、第644条の2 復受任者の選任等、第645条 受任者による報告、第648条 受任者の報酬、第651条 委任の解除、第656条 準委任、第659条 無報酬の受寄者の注意義務)
e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(第23条 安全管理措置、第25条 委託先の監督、第26条 漏えい等の報告等)
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」