SESの競業避止義務と退職エンジニア|客先への転籍を防ぐ契約の範囲と誓約書で書けること【Q&A】
公開日:2026年9月30日更新日:2026年9月30日
SESの競業避止義務とは?
競業避止義務とは、勤めている会社と競合する仕事をしない義務のことです。SESでは「退職後に、担当していた客先や同業他社で働かない」という約束として使われます。
この義務は、在職中と退職後で扱いがまったく違います。
| 時期 | 義務があるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 在職中 | 特に約束がなくても原則ある | 労働契約にともなう誠実に働く義務 |
| 退職後 | 就業規則や誓約書での合意が必要 | 本人との合意(ただし内容が広すぎると無効) |
在職中に競合の仕事を手伝うのは、就業規則違反として扱えることが多いです。
一方、退職後は本人の職業選択の自由(どの仕事に就くかを自分で決める自由。憲法22条)とぶつかります。そのため、裁判所は退職後の競業避止を厳しく見ます。
退職したエンジニアが客先へ転籍するのは止められる?
本人の転籍を法的に完全に止めるのは、ほぼできません。 できるのは、次の2つです。
期間や範囲を絞った約束を、本人に守ってもらう
客先との会社間の取り決めにもとづき、紹介料などを受け取る
営業の現場で起きる転籍は、主に3つの型に分かれます。
| 型 | よくある流れ | 主に効く取り決め |
|---|---|---|
| 客先の社員になる | 退職→客先に正社員で入社 | 基本契約書の引き抜き禁止条項・紹介料 |
| 客先と直接契約 | 退職→フリーランスで客先と契約 | 引き抜き禁止条項・本人の誓約書 |
| 別のSES経由で同じ客先 | 退職→他社に入社→同じ客先に常駐 | 引き抜き禁止条項(BP含む)・本人の誓約書 |
どの型でも、客先との基本契約書に条項があるかどうかが交渉の出発点になります。本人の誓約書は、それを補う位置づけです。
競業避止が有効と認められやすい条件【経産省の資料より】
競業避止の約束は、6つの要素を総合して有効か無効かが判断されます。 裁判例の傾向は、経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」の参考資料「競業避止義務契約の有効性について」に整理されています。
| 判断の要素 | 有効と認められやすい例 | 無効とされやすい例 |
|---|---|---|
| 守るべき会社の利益 | 営業秘密や独自のノウハウがある | 守るものが特にない |
| 本人の立場 | 秘密に触れる立場だった | 一般の社員で秘密に触れない |
| 地域の限定 | 地域や対象の会社が絞られている | 全国・全業種が対象 |
| 期間 | 1年以内が目安 | 2年以上は否定されやすい |
| 禁止する行為 | 担当した客先での就業など具体的 | 同業すべてへの転職を禁止 |
| 代償措置 | 手当や退職金の上乗せがある | 何の見返りもない |
代償措置とは、競業を控えてもらう代わりに会社が渡す見返りのことです。たとえば「競業避止手当」や「退職金の上乗せ」があたります。代償措置がないと、無効とされる可能性が高くなります。
SES企業が注意したいポイント
SESのエンジニアは、客先のシステムに関わりますが、自社の営業秘密に触れる立場ではないことが多いです。そのため「本人の立場」と「守るべき利益」の2つで、有効と認められにくい傾向があります。
期間についても、経産省の資料では1年以内は肯定的に見られる例が多く、2年では否定された例もあると整理されています。「退職後3年間、同業への転職を禁止」のような書き方は、まず通らないと考えましょう。
SES企業が退職時の誓約書で書ける範囲
誓約書で書けるのは「在籍中に担当した客先への、1年以内の就業を控えるお願い」程度までです。 範囲を広げるほど、無効になるリスクが上がります。
誓約書とは、本人が会社に対して約束を守ることを書面で示すものです。入社時と退職時に取るのが一般的です。
| 項目 | 書いてよいか | ポイント |
|---|---|---|
| 秘密保持(客先の情報を漏らさない) | 書いてよい | 期間の定めがなくても受け入れられやすい |
| 担当した客先での就業を控える | 条件つきで書ける | 期間1年以内・対象を担当客先に限る |
| 同業他社への転職の全面禁止 | 書かない | 職業選択の自由に反し無効になりやすい |
| 違反したら〇〇万円払う | 書かない | 労働基準法16条で禁止 |
労働基準法16条は、会社が社員と「違反したらいくら払う」と先に金額を決める契約を禁止しています。これを賠償予定の禁止といいます。実際に生じた損害を請求すること自体は、この条文では禁止されていません。
誓約書の条項例(退職時)
次の文例は、範囲を絞った書き方の一例です。自社の就業規則と合わせて、専門家に確認してから使ってください。
第〇条(競業の制限)
私は、退職日から1年間、在籍中に私が常駐または担当した取引先(別紙に記載)において、貴社以外を通じた就業または業務委託契約による業務を行わないことを誓約します。ただし、貴社が書面で承諾した場合はこの限りではありません。
ポイントは3つです。
期間を「退職日から1年間」と具体的にする
対象を「本人が担当した取引先」に限り、別紙で社名を書く
例外として「会社が承諾した場合」を入れ、話し合いの余地を残す
代償措置として「競業避止手当」を在籍中から払っている場合は、その旨も書いておくと有効性の判断で有利になります。
退職の申し出から誓約書を取るまでの手順
退職の申し出があったら、営業と管理部門で次の順に進めます。
退職の理由と、次の勤め先の予定を面談で聞く
次の勤め先が担当客先やBPでないかを確認する
入社時の誓約書と就業規則の競業条項を読み直す
退職時の誓約書(秘密保持+範囲を絞った競業の制限)を用意する
本人に内容を説明し、納得したうえで署名をもらう
客先の担当者へ、交代の予定と引き継ぎ計画を連絡する
たとえば退職日が2026年11月30日(月)なら、遅くとも11月上旬には面談を終えます。誓約書への署名は強制できないので、説明して納得してもらう姿勢が大切です。
退職面談で次の勤め先を聞く言い方の例
差し支えなければ、次のお勤め先の予定を教えていただけますか。 今の常駐先さんや、取引のある会社さんに移られる場合は、 会社どうしの契約で事前に話し合う決まりがあります。 〇〇さんにご迷惑がかからないよう、こちらで調整したいので、 決まっている範囲で結構です。
本人を責める言い方は避けます。「会社どうしの調整のために聞く」と伝えると、答えてもらいやすくなります。
引き抜き禁止条項との役割分担
客先への転籍を防ぐ主役は、本人の誓約書ではなく、客先との基本契約書です。 誓約書は本人との約束、引き抜き禁止条項は会社どうしの約束で、守る相手が違います。
引き抜き禁止条項とは、客先やBPが、SES企業の要員を直接雇ったり直接契約したりしないと約束する条項のことです。
| 取り決め | 約束する人 | 主に防げること |
|---|---|---|
| 退職時の誓約書 | エンジニア本人 | 担当客先への短期間の転籍・秘密の持ち出し |
| 基本契約書の引き抜き禁止条項 | 客先・BP | 客先による直接雇用・直接契約の働きかけ |
| 秘密保持契約(NDA) | 客先・BP | 要員情報や単価などの情報の流用 |
実務では、次のように組み合わせます。
客先と:基本契約書に引き抜き禁止条項と紹介料の定めを入れる
BPと:同じく引き抜き禁止条項を入れ、BP経由で同じ客先に入る抜け道をふさぐ
本人と:秘密保持と、範囲を絞った競業の制限を誓約書で取る
条項の期間や書き方は、引き抜き禁止条項の有効性と期間|SES契約で守られる書き方と例文で詳しく解説しています。紹介料で解決する方法はSESの引き抜きに紹介料は取れる?相場と契約条項の書き方・例文付きを参考にしてください。
派遣契約の場合は注意
契約が労働者派遣の場合は、使える約束が限られます。派遣元は、派遣社員や派遣先と「派遣先に雇われることを禁止する」約束を、正当な理由なく結べません(労働者派遣法33条)。
準委任(SES)と派遣では使える取り決めが違うので、契約形態を必ず確認しましょう。派遣の場合の対応は派遣社員の引き抜きに紹介料は取れる?派遣法33条と派遣元の対応で解説しています。
競業避止に違反されたら損害賠償は取れる?
本人への損害賠償が認められるハードルは高いです。 誓約書が有効であることに加えて、実際にいくら損害が出たかを会社が示す必要があるためです。
損害賠償を考える前に、営業が取れる手を軽い順に並べると次のとおりです。
事実を確認する:転籍先・開始日・契約の形を、客先の担当者に確認する
客先と話し合う:引き抜き禁止条項があれば、条項に沿って協議を申し入れる
紹介料で解決する:条項に紹介料の定めがあれば、その金額で合意する
本人に通知する:誓約書の内容を示し、守ってほしい旨を書面で伝える
弁護士に相談する:秘密の持ち出しなど悪質な場合に、損害賠償や差止めを検討する
多くのケースは、2〜3の客先との話し合いと紹介料で決着します。本人を訴えると時間と費用がかかり、取引先との関係も悪くなりがちです。
顧客リストなどを持ち出された場合は、不正競争防止法の営業秘密として守れることがあります。詳しくは不正競争防止法の営業秘密とは|SESで顧客リストを持ち出されたらで解説しています。損害賠償の条件はSESの引き抜きで損害賠償は取れる?請求できる条件と証拠の集め方を読んでください。
転籍を防ぐための営業チェックリスト
契約で縛るより、転籍したくなる理由を減らすほうが効果的です。 営業が日ごろ確認したい項目を10個にまとめました。
| # | 確認すること | 見る場所 |
|---|---|---|
| 1 | 客先との基本契約書に引き抜き禁止条項がある | 基本契約書 |
| 2 | 条項に紹介料の金額か計算方法がある | 基本契約書 |
| 3 | BPとの契約にも同じ条項がある | BPとの基本契約書 |
| 4 | 入社時の誓約書に秘密保持の約束がある | 誓約書 |
| 5 | 就業規則の競業条項が期間・対象を絞っている | 就業規則 |
| 6 | 誓約書に違約金の金額を書いていない | 誓約書 |
| 7 | 長期常駐の要員と、月1回は面談している | 面談記録 |
| 8 | 単価と給与のバランスを説明できる | 評価・給与の資料 |
| 9 | 次の案件の希望を聞き、提案している | 案件の提案記録 |
| 10 | 客先担当者が要員に直接連絡していないか把握している | 営業の聞き取り |
7〜10は、エンジニアの定着の取り組みそのものです。離職を減らす方法はSESエンジニアの離職対策|定着率を上げる施策7つと帰属意識で解説しています。
抜けた穴を早く埋める方法
転籍が起きたら、交渉と並行して代わりの要員を探します。 客先からの信頼を守ることが、紹介料の交渉や次の案件にもつながるためです。
自分でやる方法
社内の待機中・契約終了予定のエンジニアを洗い出す
付き合いのあるBPに、スキル・単価・開始日を書いて一斉に打診する
届いた人材メールを、スキル・開始日で一覧表に整理する
条件に合う人のスキルシートを客先に提案する
手作業だと、BPからの返信メールを読み分けるだけで半日かかることもあります。
チョータツとxhoursで楽にする
チョータツは、SES営業の案件・人材を管理・共有するツールです。他社と連携すると、相手の営業中の人材をデータベースとして見られるので、BPに1社ずつ聞く手間が減ります。
パートナーへのメール配信機能もあり、打診をまとめて送れます。3,000社以上が使っていて、無料で始められます。
BPに合う人がいないときは、xhours(エックスアワーズ)も使えます。xhoursは、企業がITフリーランスへ直接スカウトを送れるサービスです。数千名のフリーランスのデータベースから探せます。
よくある質問
- Q. SESの退職エンジニアに競業避止義務を課すのは違法ですか?
- 違法ではありません。ただし、期間・対象・代償措置などが合理的でないと、約束そのものが無効とされます。担当客先に限り、1年以内を目安に絞りましょう。
- Q. 退職後に客先と直接契約するのは止められますか?
- 本人を完全に止めるのは難しいです。客先との基本契約書の引き抜き禁止条項をもとに、客先と話し合うのが現実的です。
- Q. 誓約書にサインを拒否されたらどうしますか?
- 署名は強制できません。拒否されても退職は止められないので、会社間の引き抜き禁止条項で守る準備をしておきます。入社時に誓約書を取っておくことも大切です。
- Q. 競業避止に違反したら違約金100万円、と書いてもいいですか?
- 書けません。労働基準法16条は、社員との間で違約金や賠償額を先に決める契約を禁止しています。実際の損害を請求する場合も、会社が損害額を示す必要があります。
- Q. 客先から要員に個人の誓約書を求められたら?
- 個人が競業避止を客先に直接約束するのは避けるのが安全です。修正の頼み方はSESの誓約書を客先に出すときの注意点|守秘義務の範囲と文例を参考にしてください。
- Q. 競業避止の期間は何年までなら有効ですか?
- 法律で決まった年数はありません。経産省の資料では、1年以内は肯定的に見られる例が多く、2年では否定された例もあると整理されています。
まとめ
退職したエンジニアの転籍を、競業避止義務だけで止めるのは難しい
有効性は、守る利益・立場・地域・期間・禁止する行為・代償措置の6要素で判断される
誓約書は「担当客先・1年以内・会社の承諾で例外あり」まで絞る。違約金の金額は書かない
客先への転籍を防ぐ主役は、会社どうしの引き抜き禁止条項と紹介料の定め
派遣契約では、派遣先への就職を禁じる約束に法律の制限がある
転籍が起きたら、交渉と並行して代わりの要員を探す
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、個別の法的助言ではありません。具体的な判断は弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
運営:チョータツSES研究所(株式会社DrivenX)|編集方針|公開日:2026年9月30日|更新日:2026年9月30日
参考資料(2026年9月30日確認)
経済産業省「営業秘密〜営業秘密を守り活用する〜(秘密情報の保護ハンドブック・参考資料)」(参考資料「競業避止義務契約の有効性について」)
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」
e-Gov法令検索「日本国憲法」(第22条 職業選択の自由)
e-Gov法令検索「労働基準法」(第16条 賠償予定の禁止)
e-Gov法令検索「労働契約法」(第3条 労働契約の原則)
e-Gov法令検索「労働者派遣法」(第33条 派遣労働者に係る雇用制限の禁止)
e-Gov法令検索「不正競争防止法」(第2条第6項 営業秘密)